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石井正樹/誕生
石井正樹さんによるオリーブ牛誕生物語

 オリーブのかすはいうまでもなく食品残渣なのだが、いま全国的にこうした食品残渣を家畜の餌にする試みが盛んに取り組まれている。というのは、牛・豚・鶏の餌である穀物は、そのほとんどが輸入もので、国際的に値段が高騰している。だから、身の回りにあって利用されていない食品残渣は、畜産農家にとってまさに貴重な資源なのだ。

 けれどもオリーブのかすには、先に書いたように強烈な渋みや辛みがあるので、そのままでは家畜も食べない。

「オリーブにはオレイン酸がたっぷり含まれているときいたから、それなら牛にやれば、いい牛肉ができるんじゃないかと思ってなぁ……。」

石井正樹さん
干したオリーブ粕
「オリーブにはオレイン酸がたっぷり含まれているときいたから、それなら牛にやれば、いい牛肉ができるんじゃないかと思ってなぁ……。」

と述懐するのは、小豆島で肉牛の肥育農家を営む石井正樹さんだ。実は香川の肉牛は、全国的に有名なブランド、というわけではない。価格も伸び悩み、全体的に不振で衰退しつつあったという。石井さんが悩んでいるちょうどその時、肉牛の評価基準にオレイン酸含量が導入されることになったのだ。オレイン酸を多く含む肉牛の脂は、融点が低くサラッと溶けて、美味しい牛肉になるということから、オレイン酸含量は肉牛を評価するための一つの基準となった。

 そう、オリーブにはオレイン酸がたっぷり含有されている。オリーブかすを与えれば、オレイン酸含量の多い肉ができるのではないか!?

 でも、そんなに簡単な話じゃあありません。絞りかすをそのまま与えたときにはガッカリ。人も嫌がる渋みは牛も嫌なので、一切食べてくれなかったのだ。どうしたら食べてくれるだろうと試行錯誤するなかで、「渋柿って、干すと甘い柿になるよね?」とピンと来た。黄緑色だったオリーブ粕を潮風にあてながら天日で干してみたところ、乾燥する共に茶色に褐変していく。そしてなんと、渋みが抜けて甘さになっていたのだ!これはアミノカルボニル反応という、肉を焼くと表面に焼き色がつき、生肉にはなかった旨みが生まれるのと同じ原理だ。

「生のままだと嫌がってたのが、干したオリーブ粕は大好きみたいでねぇ。真っ先に食べよるんですよ。」

 おそるおそるこれをこれを牛に与えてみると……すごい!初めて食べる牛がいきなり、餌の上に撒いたオリーブかすだけを舐めとるように、われさきにと喜んで食べてくれたのだ。

僕も石井さんの牛舎でその場面をみた。オリーブかすを一度も食べてない牛に初めて与えたのに、牛たちがドドドッと寄ってきて、本当にオリーブかすを最優先に食べたのである!

「生のままだと嫌がってたのが、干したオリーブ粕は大好きみたいでねぇ。真っ先に食べよるんですよ。」と石井さんが目を細める。

 そしてオリーブ粕を食べさせた黒毛和牛の肉を出荷してみたところ、その肉質があまりにもそれまでの牛肉と違うものだったので、関係者一同ビックリしてしまった。

どう違うのかというと、、、A5やA4といった、通常なら脂がしつこくて、3口も食べると十分、となってしまうような霜降り肉なのに、脂が軽いのである。軽いと言うより水のようにサラリサラリと溶けていく。通常の黒毛和牛の肉でも、脂のくちどけがよいものはある。けれどもそういうものでも、しばらく食べているとどこかで「もうダメっ食べられない」というタイミングが来るものだ。

霜降り肉なのに、脂が軽いのである。軽いと言うより水のようにサラリサラリと溶けていく

けれどもオリーブ牛にはそれがなく、美味しい美味しいと食べ続けることができる。しかも、脂のシツコサはないけれども、健全な脂の風味や赤身の味わいはしっかりとしている。いままで食べたことがない牛肉の味なのである。

「これは、新しいブランド牛になりうるのではないか?」

ということで、関係者一同がこのオリーブ牛を拡げようと頑張った。石井さんが手ずから天日で、時間をかけて干していたオリーブ粕を、効率的に加熱し乾燥させることができるようになった。

 こうして出荷前の2ヶ月間以上、一日100g以上のオリーブかすを食べさせた牛が「オリーブ牛」と名付け、出荷できるようになったのである。

ん?たった一日100g?しかも2ヶ月間だけ?そう思う人もいるだろう。
実は僕も当初「そんなんじゃ肉質が変わるわけないよ」と思っていた一人である。

「いやいや変わるんです。ぜひ食べてみて下さい!」

と関係者にいわれて、いやいや食べに行ったということを告白する。

小豆島で、一年先まで予約が埋まっているという超・人気の料理旅館「真里」にて、島内産のオリーブオイルをご飯と一緒に炊き込んだオリーブオイルご飯(これがまた絶品!)とともに、オリーブ牛のサーロインをローストしたものが出てきた。その断面を見る限りにおいては、ごく通常の黒毛和牛である。

さしたる期待もなく口に入れたその瞬間、ぼくは眼をむいてしまった。

百分は一件にしかず。食べてビックリ、A5の霜降り肉のロースなのに、脂っこさがほとんど消えているではないか!

もちろんA5レベルなのでサシはビッシリ入っているのだが、それがスッキリした水のごとき味の脂に変わっているのだ。ワタクシ、いちおう牛肉関連の仕事をたくさんして、全国の牛肉を食べているのだけれども、こんな肉質は初めて。心の底からびっくりしたのだ!

高松市内のすき焼きの老舗「すきしゃぶ亭」では、オリーブ牛をすき焼きにする。四国は甘い料理が好きな文化なので、割り下も甘めで野菜がたっぷり入る。その味付けにA5クラスのサシの入った肉だとシツコイということになりがちなのだが、立派にサシの入ったオリーブ牛をサッと煮汁にくぐらせて食べると、口に入れた瞬間にムワッと来る黒毛の匂いがない。でも、牛肉の快い美味しさと香りはちゃんとある。そして、嚥下した後にくるあのシツコサもまったくないのだ。

オリーブ牛の料理
オリーブ牛の料理
オリーブ牛の料理

「試しに、○○○県産の黒毛和牛を食べてみて下さい」と、気を利かせて通常の黒毛の肉と食べ比べる。すると、たったの一枚、一口できましたよあのムワッと来る匂いとシツコサが!ついついズーンと胸が重くなってしまった、、、

「ほんとうに、オリーブかすを与えた牛は全く味が変わるんですよ。これなら何枚も肉を食べたくなりますよね?」

僕はもう黙って頷くしかなかった。自分が「オリーブくらいで変わるわけがないじゃん!」とたかをくくっていたのが恥ずかしい。

実は、獣医の先生によれば「脂肪細胞は45日で入れ替わるので、オリーブを給餌している期間が2ヶ月あれば、差は出るでしょう」というコメントをいただいた。明らかにオリーブは、牛肉からシツコサを抜いてくれる夢のたべものだったのだ。

香川全体にひろがるオリーブ牛の輪

 じつは、オリーブ牛の開祖である石井さんによるオリーブ牛生産は、いったんお休みとなっている。さきごろお体の調子を崩され、肉牛肥育のハードな仕事を続けるのが難しい状況なのだ。いまは静養され、わずかに残った牛をご家族たちのできる範囲で育てておられるのだ。

 え、それでは美味しいオリーブ牛を私たちは食べることができないの?と思われるかもしれないがそんなことはありません。石井さんが産み出したオリーブ牛、いまは香川県全体で取り組んでいるのです。いま、香川県で黒毛和牛を生産している農家のうち約90%がオリーブ牛に取り組んでいるという状況。香川の肉牛農家さん自身が「オリーブ牛はこれまでの肉牛と違う!」という実感をもたれているということなのだ。

 とはいっても牛だって、生産する人が違えば、与える餌や育て方に違いがある。ここでは、香川県内でもその技術におりがみ付きの生産者さんお三方を紹介していきたい。

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